みんなの読書ブログ

みんなの読書記事を更新します。

スポンサーリンク

『ミケランジェロの生涯』ロマン・ロラン ルネッサンスイタリアに聳え立つ巨匠の人生は辛いネタバレ注意「歴史でも美術でもスターのように扱われる天才彫刻家です」(レビュー)。 #読書

【おすすめ情報】知らない人は損している!「アマゾン業務用ストア」で便利でお安く。

ミケランジェロ・ブオナローティは、レオナルド・ダ・ヴィンチやサンドロ・ボッチチェリと同時代の人で、歴史でも美術でもスターのように扱われる天才彫刻家です。彫刻としてはピエタ、ダヴィデは誰でも知っているだろうし、システィーナ礼拝堂の堂々たる壁画も超がつくほど有名です。

作品の簡単な解説を見る限り、「ダ・ヴィンチといがみあっていた」「偏屈だった」というコメントしか出てこないため、不遜で意地悪い芸術家のイメージがついていました。けれどもある肖像画を見ると、とても法王の依頼で大きな仕事をやってのけた人物の面影はなく、つつましく何事か訴えるような目をして、陰気でさえあるので違和感を覚えました。同時にこの人物に興味が湧き、ロマン・ロランの『ミケランジェロの生涯』という伝記は、存在は知っていたので読むことにしました。
《粉砕する瞬間に、彼はやめる。悲しげな口元をゆがめ迷うまなざしをそらせる。腕は肩の方へ曲がっている。彼は尻込みしている。もう勝利を望んでいない》
大理石像「勝利者」の描写であるこの冒頭からぐいっと引き込まれました。これがミケランジェロだというのです。
ロマン・ロランによれば、ミケランジェロは性格的に社交性はなく、すぐに恐怖にとりつかれる発作を起こし、頼まれたら断れない、その上、そのつもりもなくずけっとものを言うので敵を作りやすいという弱い人間です。ダ・ヴィンチとの不仲説の引き合いに出されるやりとりは、ダンテについて解説をしてみたらと言われて、ダ・ヴィンチが途中で制作を断念せざるを得なかった騎馬像について憎まれ口をたたいているのですが、この本を読んでいれば、彼は急に自分に話をふられてパニックになったであろうことがわかります。
この時代の芸術家の世界はすさまじい足の引っ張り合いで、誰かを陥れてのしあがるのは当たり前でした。舞い込む仕事は大掛かりなものばかりで、名誉と財産も手に入るとはいえ、ミケランジェロの仕事ぶりはそういう恩恵に無縁としか思われません。満足に寝られず、完成を催促され、専門でない仕事にゼロから取り掛からねばならないこともあるという、ストレス状態でした。生涯を眺めるともっと不幸で、ライバルたちの標的にされ、内戦や権力闘争に巻き込まれ、健康にも家族にも恵まれず、89年の長い生涯に何度も「死にたい」と口走ります。
終盤、出来のよくない弟子たちを息子のように愛し、他愛ないやりとりで穏やかに過ごしている描写があります。ミケランジェロの残した偉大な作品と悲惨な生涯を思えば、小説のこの部分は、彼の芯はこんなに慈愛に満ちているんだと感じられ、本当に切なくて泣けます。
ロマン・ロランは1906年にこの伝記を書いており、情報として古い部分も出ていると思われます。けれどもこの人の文の印象は、まず誠実で清らかです。この本の中でミケランジェロがどれだけ苦悩し絶望しても、常に同情ではなく敬意を込めて描ききってあり、読後感は気持ちよく、実になる読書体験だったと言えます。
芸術として優れた作品を後世の評価で観ることも大事ですが、作者の人となりを知って眺めれば、ただそれは美しいだけでも立派なだけでもなく、その苦悩と痛みをも共有できる作品として心に刻まれるのではないかと思います。